妊娠中に歯の治療はできるの?
「赤ちゃんにカルシウムを取られる」の真偽
妊娠13〜21週に必要な歯科治療を受けた妊婦823人を調べた研究では、重篤な有害事象・流産や死産・胎児の異常・早産のいずれも、治療を受けなかった人と有意な差はありませんでした。歯科用の局所麻酔も、有害な転帰の増加とは関連しませんでした。一方で「歯周病を治せば早産を防げる」という点は、まだ言い切れる段階にありません。治療はお母さん自身の口を守るために受けるもの、と考えるのが今の証拠に合っています。
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- ランダム化比較試験(RCT)
- 参加者をくじ引きのように偶然で2つのグループに分け、条件をそろえて公平に比べる、いちばん信頼できる調べ方。
- 系統的レビュー
- あるテーマの研究をもれなく集め、決めた基準でえり分けてまとめたもの。
- コクラン
- イギリスを拠点に、世界中の研究を厳しくえり分けてまとめる国際的な団体。信頼度の高いまとめとして知られています。
- 95%信頼区間(95%CI)
- 「本当の値はこの範囲にありそう」という幅。この幅が「差なし」をまたがないほど、結果は確かです。
- オッズ比・リスク比・ハザード比
- 「起こりやすさ」を比べた倍率。1.00より大きいと起こりやすい、小さいと起こりにくい、という意味です。
- (統計的に)有意
- 偶然では説明しにくい、意味のある差だと数字の上で言えること。
まず、いちばん多い3つの思い込み
妊婦さんが実際にどんなことを信じているのかを、45件の研究から集めて整理したレビューがあります(5,766件の記録から選ばれた、量的39件・質的6件)。そこでもっとも多く語られていた「根拠のない思い込み」は、次の3つでした。
| よく言われること | そう述べていた研究の数 | 実際のところ |
|---|---|---|
| 妊娠すると歯を失う | 18件 | 妊娠そのものが歯を失わせるという仕組みは確認されていない |
| 歯科治療は安全でなく、胎児に害がある | 17件 | 安定期の必要な治療で有害転帰の増加は確認されなかった(後述) |
| お腹の赤ちゃんが母親の歯からカルシウムを吸収する | 14件 | 歯からカルシウムが溶け出して移るという仕組みは確認されていない |
このレビューの著者は、こうした思い込みが受診をためらわせ、結果として口の状態を悪くしていると指摘しています。「怖いから行かない」が、いちばん損という構図です。
治療そのものは、どこまで確かめられているのか
歯周病のある妊婦823人を対象にした試験のなかで、「必要な歯科治療」を受けた人と、その必要がなかった人の妊娠の経過が比べられました。ここでいう必要な歯科治療とは、中等度から重度のむし歯・割れた歯・膿がたまった歯の処置のこと。351人が妊娠13〜21週にこれを完了しています。
結果、重篤な有害事象・自然流産や死産・胎児や先天性の異常・37週未満の早産のいずれも、群のあいだで有意な差はありませんでした。さらに、歯石取りの際の表面麻酔や局所麻酔の使用も、有害な転帰の増加とは関連しませんでした。
ただし著者自身が結論で「より大規模なデータや、他の治療が必要な集団でも確かめる必要がある」と書いています。これは「何をしても絶対安全」という意味ではありません。妊娠週数を伝えたうえで、今やるべきか産後まで待てるかを歯科医と相談する——それが正しい使い方です。
「歯周病を治すと早産が防げる」は、どこまで言えるのか
ここは正直にお伝えしたいところです。ネット上では「妊婦の歯周病は早産リスクを7倍にする」といった数字が独り歩きしていますが、治療によってそれが下がるかどうかは、別の問題です。
15件のランダム化比較試験(7,161人)を統合したコクランレビューでは、歯周治療をした群としなかった群で37週未満の早産に明確な差は見られませんでした(リスク比0.87、95%信頼区間0.70〜1.10、低品質の証拠)。一方で2500g未満の低出生体重は減る可能性が示されています(9.70%対12.60%、リスク比0.67、95%信頼区間0.48〜0.95、低品質の証拠)。ただし含まれた研究はすべてバイアスのリスクが高いと評価されています。
より新しい2026年の解析(14試験・8,316人)では、歯周治療によって早産が15%ほど減る可能性が中等度の確実性で示されました。ただしその範囲はリスク比0.85(95%信頼区間0.71〜1.02)で、1.00をまたいでいます。絶対数でいえば1,000人あたり20人少なくなるという推定ですが、幅は「39人少ない」から「3人多い」までを含みます。著者らも質の高い試験がさらに必要だと結論づけています。
「関連がある」と「治療すれば防げる」は別のことです。歯周病のある妊婦で早産が多い、という観察は繰り返し報告されています。しかし治療して早産が確実に減ったかというと、そこまでは示されていません。早産には年齢・喫煙・過去の早産歴・多胎など多くの要因が関わるためです。歯科治療を「早産予防の手段」として過度に期待するのではなく、お母さん自身の歯と歯ぐきを守るために受けると考えるのが、いまの証拠に合った受け止め方です。
つわりで歯ブラシが入らない時期は、ヘッドの小さい歯ブラシに替える・においの少ない歯みがき剤にする・体調のいい時間帯にまとめて磨くだけでも変わります。吐きづわりのあとは、すぐ強く磨かずに水でゆすぐほうが歯の表面を守れます。そして痛みや腫れが出たら我慢しないこと。感染をかかえたまま出産を迎えるほうが、体への負担は大きくなります。
- 妊娠13〜21週に必要な歯科治療を受けた823人の研究で、重篤な有害事象・流産死産・胎児異常・早産に有意差はなかった
- 歯科用の局所麻酔も、有害な転帰の増加とは関連しなかったと報告されている
- 「赤ちゃんが母親の歯からカルシウムを吸収する」は、45研究のレビューで3番目に多い根拠のない思い込みとして挙げられている
- 歯周治療で早産が減るかは、まだ決着していない(コクラン:差なし/2026年解析:15%減の可能性だが幅は1.00をまたぐ)
- 受診時は妊娠週数を必ず伝える。今やるか産後まで待つかは歯科医と相談する
※本記事は公開されている学術論文をもとにした一般的な情報提供であり、特定の治療の効果や安全性を保証するものではありません。妊娠中の治療方針は、産科の主治医と歯科医にご相談のうえ決めてください。
参考文献
- 1. Michalowicz BS, DiAngelis AJ, Novak MJ, Buchanan W, Papapanou PN, Mitchell DA, et al. Examining the safety of dental treatment in pregnant women. J Am Dent Assoc. 2008;139(6):685-95. doi:10.14219/jada.archive.2008.0250. PMID: 18519992. PubMed
- 2. Iheozor-Ejiofor Z, Middleton P, Esposito M, Glenny AM. Treating periodontal disease for preventing adverse birth outcomes in pregnant women. Cochrane Database Syst Rev. 2017;6(6):CD005297. doi:10.1002/14651858.CD005297.pub3. PMID: 28605006. PubMed
- 3. Thomas C, Ahmed S, Berghella V, Brignardello-Petersen R, El-Rabbany M, Devion C, et al. Effect of dental treatments on reduction of preterm birth: a systematic review and meta-analysis. Am J Obstet Gynecol MFM. 2026;8(3):101884. doi:10.1016/j.ajogmf.2025.101884. PMID: 41421601. PubMed
- 4. Kamalabadi YM, Campbell MK, Zitoun NM, Jessani A. Unfavourable beliefs about oral health and safety of dental care during pregnancy: a systematic review. BMC Oral Health. 2023;23(1):762. doi:10.1186/s12903-023-03439-4. PMID: 37840149. PubMed
出典はPubMed収載の書誌情報にもとづき、バンクーバー方式(ICMJE)で記載しています。