歯医者に通うのは、
得なのか損なのか
日本の75歳以上43万人のデータで、歯科を受診していた人は肺炎・尿路感染症・脳血管疾患による急性入院のリスク比が低かったと報告されています。また歯周治療を10年以上続けた399人では、年間の治療費が最も少なかった人ほど、抜歯とインプラント置換にかかる費用が最も高くなっていました。一方で「歯周治療で医療費が下がる」という点は国によって結論が割れており、まだ確定していません。
🔍 この記事のむずかしい言葉(タップで開く)
- 95%信頼区間(95%CI)
- 「本当の値はこの範囲にありそう」という幅。この幅が「差なし」をまたがないほど、結果は確かです。
- オッズ比・リスク比・ハザード比
- 「起こりやすさ」を比べた倍率。1.00より大きいと起こりやすい、小さいと起こりにくい、という意味です。
- (統計的に)有意
- 偶然では説明しにくい、意味のある差だと数字の上で言えること。
75歳以上43万人を、条件をそろえて比べた
この種の研究でいつも問題になるのが、「歯科に通う人は、そもそも健康に気を使う人ではないか」という点です。それでは歯科受診の効果なのか、生活習慣の差なのかが分かりません。
そこでこの研究は、北海道の医療保険のレセプトデータから75歳以上の外来患者432,292人を取り出し、年齢・性別・自己負担の割合・健康診断を受けているか・持病・住んでいる地域をそろえたうえで、歯科を受診した人と受診しなかった人を1対1で149,289組つくりました。ベースラインの期間に歯科を受診していたのは149,639人(34.6%)です。
その後およそ2年間を追い、肺炎・尿路感染症・脳血管疾患・冠動脈疾患による急性入院が起きたかを比べています。結果、肺炎・尿路感染症・脳血管疾患による急性入院のリスク比は、歯科を受診していた群のほうが低かったと報告されました。著者らは、歯科医療は高齢者の医療体制において重要な構成要素になりうる、と結論づけています。
条件をそろえたとはいえ、これは観察研究です。データに含まれない要素——たとえば食事の内容、家族の支援、もともとの体力——までは調整できていません。「歯科に通えば入院しなくなる」と読むのは行きすぎです。また、冠動脈疾患については結論の文に含まれていません。4つの疾患すべてで差が出たわけではない点も、正直にお伝えしておきます。
治療費をかけなかった人ほど、抜歯に払っていた
お金の話です。歯周病の治療を受けたあと、10年以上(最長48年)にわたって少なくとも年1回の通院を続けた成人399人の診療録を調べた研究があります。
見えてきたのは、年間の治療費が最も少なかった人ほど、抜歯とインプラントによる置き換えにかかる年間費用が最も高くなっていたという関係でした。目の前の治療費を抑えた分が、あとで歯を失う費用として返ってきていた、という形です。
ただし例外があります。喫煙している人では、この費用対効果が弱まっていました。しかも吸う量が多いほど弱まり、現在の重い喫煙者では費用対効果が確認できませんでした。もっとも恩恵が大きかったのは禁煙した人で、重症の歯周炎(グレードC)を持つ人でした。
「歯周病を治すと医療費が下がる」は、まだ決着していない
ここは数字が独り歩きしやすいところなので、両方を並べます。
まず米国。医科と歯科の両方の保険に加入している338,891人の請求データを使い、歯周病の治療を完了した人としなかった人で、その後の年間医療費と入院回数を比べた研究があります。結果は2型糖尿病で40.2%、脳血管疾患で40.9%、冠動脈疾患で10.7%、妊娠で73.7%の医療費の低下。入院回数も同じ傾向でした。ただし関節リウマチでは差が出ていません。
次にドイツ。2013年に新たに糖尿病と診断された23,771人を調べた研究です。歯周治療を受けていたのはわずか5.3%。結果は総医療費0.96(95%信頼区間 0.89〜1.04)、入院費0.87(0.69〜1.08)、糖尿病関連の薬剤費0.93(0.84〜1.03)。数字はすべて1.00を下回っている=下がる方向ですが、4つとも信頼区間が1.00をまたいでおり、統計的に意味のある差とは言えません。
方向はそろっています。しかし米国の40%という数字が、そのままドイツで再現されたわけではありません。歯科を受診する人がもともと健康管理に積極的である可能性も、どちらの研究も完全には取り除けていません。「治療すれば医療費が4割下がる」と受け取るのは、まだ早いというのが正直なところです。
医療費が下がるかどうかは決着していません。ですが歯を失う費用については、10年以上の記録がはっきりした関係を示しています。治療とメンテナンスにかけた費用が少ない人ほど、抜歯とインプラントに多く払っていました。歯は減っても戻りません。それを踏まえると、痛くないうちに診てもらう時間とお金は、あとで払う分の前払いに近い性質を持っています。
- 日本の75歳以上43万人を条件をそろえて149,289組比べたところ、歯科を受診していた群で肺炎・尿路感染症・脳血管疾患による急性入院のリスク比が低かった
- ただし観察研究であり、冠動脈疾患は結論に含まれていない
- 歯周治療を10年以上続けた399人では、年間治療費が少ない人ほど抜歯とインプラント置換の費用が高かった
- その関係は喫煙で弱まり、重い喫煙者では確認できなかった
- 「歯周治療で医療費が下がる」は米国では40%前後の低下、ドイツでは有意差なし。方向は同じだが再現性はこれから
※本記事は公開されている学術論文をもとにした一般的な情報提供であり、特定の治療の効果を保証するものではありません。ここで紹介した研究はいずれも観察研究であり、因果関係を証明するものではありません。気になる症状がある場合は歯科医院にご相談ください。
参考文献
- 1. Mitsutake S, Ishizaki T, Edahiro A, Kitamura A, Hirata T, Saito A. The effects of dental visits on the occurrence of acute hospitalization for systemic diseases among patients aged 75 years or older: A propensity score-matched study. Arch Gerontol Geriatr. 2023;107:104876. doi:10.1016/j.archger.2022.104876. PMID: 36516734. PubMed
- 2. Ravidà A, Saleh MHA, Ghassib IH, Qazi M, Kumar PS, Wang HL, et al. Impact of smoking on cost-effectiveness of 10-48 years of periodontal care. Periodontol 2000. 2025;98(1):32-44. doi:10.1111/prd.12585. PMID: 39054672. PubMed
- 3. Jeffcoat MK, Jeffcoat RL, Gladowski PA, Bramson JB, Blum JJ. Impact of periodontal therapy on general health: evidence from insurance data for five systemic conditions. Am J Prev Med. 2014;47(2):166-174. doi:10.1016/j.amepre.2014.04.001. PMID: 24953519. PubMed
- 4. Blaschke K, Hellmich M, Samel C, Listl S, Schubert I. The impact of periodontal treatment on healthcare costs in newly diagnosed diabetes patients: Evidence from a German claims database. Diabetes Res Clin Pract. 2021;172:108641. doi:10.1016/j.diabres.2020.108641. PMID: 33359573. PubMed
出典はPubMed収載の書誌情報にもとづき、バンクーバー方式(ICMJE)で記載しています。