インプラント周囲炎は結局どれくらい起きるのか
2014年の常識と最新メタ解析
これは「昔の数字が間違っていた」という話ではありません。何をもって周囲炎と呼ぶかが違うのです。この記事は、その差の正体を分解します。
2つのレビューの数字はどちらも正しく、どちらも「条件付き」です。Derks 2015 は患者レベルで22%(95%CI 14–30%)、Diaz 2022 は患者レベル19.53%(95%CI 12.87–26.19)/インプラントレベル12.53%(95%CI 11.67–13.39)。点推定値は近く、信頼区間は大きく重なります。そして両者に共通する最大のメッセージは同じ——「症例定義が変われば有病率は変わる」。数字を引用するときは、必ず定義と単位(患者かインプラントか)をセットにしてください。
かつてはこう言われていた(2015 / Derks & Tomasi)
この論文は、インプラント周囲疾患の疫学を語るときの事実上の標準引用になりました。被引用は1200回を超えています。抄録に記載された数字は次のとおりです。
- 組み入れは15論文(11研究)
- インプラント周囲粘膜炎:報告値の幅 19–65%、メタ解析による加重平均有病率 43%(95%CI 32–54%)
- インプラント周囲炎:報告値の幅 1–47%、メタ解析による加重平均有病率 22%(95%CI 14–30%)
ここで見落とされがちなのが、この論文自身が出しているメタ回帰の結果です。抄録によれば、周囲炎の有病率は機能期間と正の相関、そして骨吸収の閾値(threshold of bone loss)と負の相関を示しました。つまり——
骨吸収の基準を厳しくすれば有病率は下がり、緩くすれば上がる。長く使っているインプラントほど有病率は上がる。これは Derks & Tomasi 自身が2015年時点で報告していた所見です。報告値の幅が 1–47% と47倍も開いているのは、母集団の違いだけでなく、そもそも「周囲炎の線引き」が研究ごとにバラバラだったから。同論文の結論も「症例定義の標準化が必要」でした。
つまり「22%」は当時から、幅の中央値を示すための便宜的な代表値であり、絶対的な真値として提示されたものではありません。
最新のメタ解析ではこうなった(2022 / Diaz ら)
2005年1月〜2021年12月の文献から57論文(横断18・縦断18・症例対照1・コホート17・RCT 3)を組み入れたメタ解析です。研究数はDerksの5倍以上に増えています。
- 患者レベル:19.53%(95%CI 12.87–26.19)
- インプラントレベル:12.53%(95%CI 11.67–13.39)
抄録の結論はこう締められています——有病率は「臨床的な症例定義に限定してもなお、高度にばらつく(remains highly variable)」。7年経っても、問題の本質は解決していないということです。
(95%CI 14–30)
(95%CI 12.87–26.19)
(95%CI 11.67–13.39)
なぜ数字が変わったのか — 4つの理由
「最近は周囲炎が減った」わけではありません。差を生んでいるのは、主に方法論です。
理由1:症例定義が違う(これが最大)
Diaz 2022 は、組み入れ論文を診断基準ごとに4群に分けて解析しています(本文より)。同じ57論文のデータでも、基準を変えるだけで数字がここまで動きます。
| 群 | 診断基準 | 患者レベル(95%CI) | インプラントレベル(95%CI) |
|---|---|---|---|
| 群1 | BOP + PD ≥ 6mm + 支持骨吸収 ≥ 3mm | 16.4%(0.9–31.89) | 12.12%(2.96–21.29) |
| 群2 | BOP + PD ≥ 6mm + 骨吸収 ≥ 2mm ※31論文・最大の群 | 20.67%(15.89–25.44) | 12.65%(8.98–16.31) |
| 群3 | 進行性骨吸収(progressive bone loss) | 14.68%(4.13–25.23) | 12.04%(4.71–19.37) |
| 群4 | その他の基準 | 23.94%(1.91–45.98) | 13.21%(0.45–25.98) |
| 全体 | — | 19.53%(12.87–26.19) | 12.53%(11.67–13.39) |
数値はいずれも Diaz 2022 本文より(PMID:36261829、オープンアクセス)。BOP=プロービング時の出血、PD=プロービングデプス、骨吸収の閾値はベースラインからの支持骨喪失量。
患者レベルで14.68%〜23.94%——定義を変えるだけで約9ポイント動く。これは「2015年の22%」と「2022年の19.53%」の差(2.5ポイント)よりはるかに大きい。つまり、年代の差より定義の差のほうが支配的だということです。
骨吸収の閾値に注目すると、群1(≥3mm=厳しい)16.4% < 群2(≥2mm=緩い)20.67%。厳しい基準ほど有病率が低い——これは Derks 2015 のメタ回帰が示した「骨吸収閾値と負の相関」と方向が一致しています。7年を隔てた2つのレビューが、同じ現象を別の手法で再現したことになります。
理由2:分母が違う(患者レベル vs インプラントレベル)
Diaz 2022 の 19.53% と 12.53% は、別の病気の数字ではなく、同じデータの数え方の違いです。1人の患者に複数本埋入されていれば、「1本でも周囲炎のある患者」の割合(患者レベル)は「周囲炎のあるインプラント」の割合(インプラントレベル)より必然的に高くなります。
Derks 2015 の「22%」は、抄録上ではこの区別が明示されていません。ここを混同したまま「22%→19.53%に下がった」と読むのは誤りです。
理由3:組み入れた研究の数と質が違う
11研究 → 57論文。母集団が大きくなれば推定は安定しますが、異質性が消えるわけではありません。Diaz 2022 の異質性は患者レベル I²=87.169%、インプラントレベル I²=97.21%と極めて高く、感度分析(外れ値除外)後にようやくI²=44.3% / 46.2%の中等度まで下がりました(本文より)。プールした点推定値だけを見るのは危険だという典型例です。
理由4:プロービングデプスを基準に入れるかどうか
Diaz 2022 は、PDを診断基準に含めた研究とそうでない研究を比較しています(本文より)。
| PDを基準に含めるか | 患者レベル | インプラントレベル |
|---|---|---|
| 含める | 24.69% | 15.21% |
| 含めない | 17.56% | 11.99% |
| 差は統計学的に有意ではない(患者レベル p=0.27、インプラントレベル p=0.31) | ||
数字としては7ポイント(患者レベル)の開きがありますが、有意差には至っていません。抄録では「PDを診断基準に用いることが有病率データに影響した」と述べられている一方、本文の検定は有意ではない——この温度差は正確に読む必要があります。「PDを入れると有病率が上がる傾向はあるが、統計学的に確定はしていない」が正しい読み方です。
臨床でどう解釈するか
1. 数字は「定義とセット」でしか引用できない。
「周囲炎は約20%」と言い切るのは、厳密には不正確です。「BOP+PD≥6mm+骨吸収≥2mmという基準で、患者レベルで約21%(Diaz 2022 群2)」まで言えて初めて再現性のある主張になります。学会発表・院内資料・患者説明のいずれでも、閾値と単位を書く習慣を。
2. 「2015年より減った」と読んではいけない。
22% → 19.53% の差は、信頼区間(14–30 と 12.87–26.19)が大幅に重なっており、組み入れ研究も定義も異なります。この2点間から時系列トレンドを読み取ることはできません。むしろ「7年かけて、より多くの研究で測り直しても、同じくらいの水準だった」と読むのが妥当です。
3. ベースラインX線が最重要インフラ。
両論文の差の中核は骨吸収の閾値です。閾値で語る以上、「いつからの吸収か」の起点がなければ診断そのものが成立しません。上部構造装着時のデンタルX線を確実に残すことが、その患者を将来どの基準でも評価可能にします。これは論文の数字より、日々の運用の話です。
この記事で「言えない」こと(限界の明示)
- 「インプラント周囲炎は減少傾向にある」——2点の異なるレビューの比較からは言えません。
- Derks 2015 の患者/インプラント別の内訳——同論文は購読誌(非オープンアクセス)で、本記事は抄録のみを情報源としています。抄録上、22% がどちらの単位かは明示されていません。
- 2017年 World Workshop 分類での有病率——Diaz 2022 は名称のついた分類体系ごとではなく、BOP/PD/骨吸収の閾値の組み合わせで4群化しています。「新分類での有病率は◯%」とは書けません。
- 粘膜炎(mucositis)の最新値——Diaz 2022 は周囲炎のみを対象としており、粘膜炎の更新値はありません。43%(95%CI 32–54)はDerks 2015 のままです。
- 日本人集団での有病率——両論文とも日本単独の推定は提示していません。
- 総患者数・総インプラント数——Diaz 2022 の本文でも、合計値の明示は確認できませんでした。「57論文」までが確実に言える範囲です。
- セルフケア用品による発症予防効果——本記事の2論文は有病率の推定であり、介入効果を検証したものではありません。
エビデンスの強さ
| 観点 | 評価 |
|---|---|
| 研究デザイン | いずれもシステマティックレビュー/メタ解析(有病率推定としては最上位) |
| 一貫性 | 低い。Diaz 2022 で I²=87–97%(感度分析後 44–46%)。Derks 2015 でも報告値の幅 1–47% |
| バイアスリスク | あり。Diaz 2022 本文は「大半が横断的または後ろ向き収集の便宜的標本であり、選択バイアスの可能性」と自ら明記 |
| 観察期間 | Diaz 2022 の組み入れは概ね5〜21年。5〜9年群とそれ以上の群で有意差なし(本文より) |
| 総合 | 「約1〜2割」という水準はおおむね信頼できる。ただし小数点以下は意味を持たない。 |
- 旧(Derks 2015・11研究):周囲炎22%(95%CI 14–30)、粘膜炎 43%(32–54)、報告値の幅 1–47%
- 新(Diaz 2022・57論文):患者レベル19.53%(12.87–26.19)/インプラントレベル12.53%(11.67–13.39)
- 差の主因は年代ではなく症例定義。定義を変えるだけで患者レベル 14.68〜23.94% と約9ポイント動く(本文より)
- 骨吸収の閾値が厳しいほど有病率は低い——2つのレビューが7年を隔てて同じ方向を示した
- 引用するときは必ず「定義+単位(患者/インプラント)+観察期間」をセットで
- 臨床の実務的帰結は1つ——ベースラインX線を残すこと
※本記事は公開されている学術論文をもとにした一般的な情報提供であり、特定の治療・製品の効果を保証するものではありません。気になる症状がある場合は歯科医院にご相談ください。
参考文献
- 1. Derks J, Tomasi C. Peri-implant health and disease. A systematic review of current epidemiology. J Clin Periodontol. 2015;42 Suppl 16:S158-71. doi:10.1111/jcpe.12334. PMID: 25495683. PubMed
- 2. Diaz P, Gonzalo E, Villagra LJG, Miegimolle B, Suarez MJ. What is the prevalence of peri-implantitis? A systematic review and meta-analysis. BMC Oral Health. 2022;22(1):449. doi:10.1186/s12903-022-02493-8. PMID: 36261829. PubMed
出典はPubMed収載の書誌情報にもとづき、バンクーバー方式(ICMJE)で記載しています。