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昔の常識 vs 最新エビデンス 2026年7月17日 読了 約8分

おしゃぶりと不正咬合、
エビデンスはどこまで言えるのか

「おしゃぶりは前歯部開咬と臼歯部交叉咬合のリスク」——これは多くの歯科医師が共有している認識です。ですが、その根拠として引用される2018年のレビューには統合されたリスク比(RR)もオッズ比も存在しません。さらに2022年の有病率レビューは、そもそも「開咬」の有病率を統合できなかったと報告しています。この2本を並べると見えてくるのは、結論の変化ではなく定義の不在です。
先に結論

2018年のSchmidらのレビューはメタアナリシスではありません(タイトルは "a systematic literature review")。統合効果量は算出されておらず、結論は「moderate evidenceで関連が示される」という言葉による評価にとどまります。17研究中12研究がROBINS-Iで serious risk of bias

2022年のDe Ridderらのレビューは、おしゃぶりを扱った研究ではなく不正咬合の有病率のレビューです。そして「開咬・オーバーバイト・オーバージェットは、定義・測定法・カットオフ値のばらつきが大きすぎて平均値を算出しなかった」と明記しています。アウトカムの土台そのものが標準化されていない——これが2本を並べて初めて見える構図です。

1|かつてはこう言われていた

旧:Schmid KM, Kugler R, Nalabothu P, Bosch C, Verna C. The effect of pacifier sucking on orofacial structures: a systematic literature review. Prog Orthod. 2018;19(1):8. PMID: 29532184 デザイン:システマティックレビュー(定性的統合のみ)。メタアナリシスなし
最初に訂正しておくべきこと

この論文は「systematic review and meta-analysis」として引用されることがありますが、誤りです。PubMed収載の正式タイトルは "The effect of pacifier sucking on orofacial structures: a systematic literature review"。PRISMAに準拠した系統的検索は行われていますが、統合解析は実施されていません

したがってこの論文由来の「RR」「OR」「95%CI」を引用することはできません。存在しないからです。もし他所でこの論文にRRが付いて紹介されていたら、それは孫引きの過程で混入した数値です。

レビューの構成は以下のとおりです(すべて抄録より)。

項目内容
検索MEDLINE / EMBASE / CENTRAL / Web of Science、開始時点〜2018年2月
スクリーニング2288件 → 17件が選択基準を満たす
組み入れ研究のデザイン前向きコホート7件、横断研究9件、RCTは1件のみ
バイアスリスク(ROBINS-I)serious 12件/moderate 5件。lowはゼロ
主要な所見おしゃぶり習癖と前歯部開咬・臼歯部交叉咬合の "strong association" が各研究で主張されている
統合効果量算出されていない(RR・OR・CIとも記載なし)

著者ら自身の結論は、慎重です。「High level of evidence of the effect of sucking habits on orofacial structures is missing」——高いレベルのエビデンスは存在しない。そのうえで「moderate evidence」として開咬・交叉咬合との関連を認める、という二段構えになっています。

「関連」であって「原因」ではない

組み入れ17件のうち16件が非ランダム化研究(前向きコホート7・横断9)です。横断研究が9件を占める以上、曝露と転帰の時間的前後関係すら担保されていない研究が半数以上ということになります。

ROBINS-Iで12件がseriousと判定されたことの意味は重い。「おしゃぶりが開咬を起こす」と因果的に述べることは、この論文からはできません。言えるのは「関連が繰り返し観察されている」までです。

2|レビュー本文にある、数少ない具体的な数値

抄録には数値がありませんが、本文には組み入れ研究の個別データが表として収載されています。以下は本文より(=レビューが統合した値ではなく、個々の原著が報告した値である点にご注意ください)。

研究(レビュー内で引用)機能的(Dentistar)従来型(NUK)
Zimmer 2011:前歯部開咬(AOB)5%38%
Zimmer 2016:前歯部開咬(AOB)6.7%50%

これが「Functional/orthodontic pacifiers were shown to cause significantly less open bites than the conventional ones」(抄録)の根拠にあたる部分です。ただしこれは2研究の個別値であり、統合推定値ではありません。「おしゃぶりの形状で開咬の頻度が変わりうる」という方向性を示すものとして読むのが妥当です。

使用期間についても本文に記述があります。36か月を超える使用がAOBと関連していたこと、2年を超えて使用した児は2年未満の児よりAOBを生じやすかったこと、一方で1歳で中止してもAOBが生じうることが記載されています(いずれも本文より、組み入れ研究の記述)。

3|その後どうなったか

新:De Ridder L, Aleksieva A, Willems G, Declerck D, Cadenas de Llano-Pérula M. Prevalence of Orthodontic Malocclusions in Healthy Children and Adolescents: A Systematic Review. Int J Environ Res Public Health. 2022;19(12):7446. PMID: 35742703 デザイン:システマティックレビュー(定性的統合)。組み入れはすべて非ランダム化研究、MINORSでバイアス評価
この2本は「同じ問い」を扱っていない

正確に述べます。2022年のレビューはおしゃぶりを検証した研究ではありません。18歳以下の小児・思春期における不正咬合の有病率を調べたものです。曝露要因としてのおしゃぶりは、この論文のリサーチクエスチョンに含まれていません。

したがってこれは「2018年の問いへの回答の更新」ではない。ではなぜ並べるのか——2018年レビューが測っていたアウトカム(開咬・交叉咬合)が、そもそも測定可能な状態にあるのかを、2022年レビューが正面から検証してしまったからです。

2022年レビューの規模と結果は以下のとおり(すべて抄録より)。PubMed / Cochrane / Embase / Open Grey / Web of Scienceを開始時点〜2021年11月まで検索、6775件 → 重複除去後4646件をスクリーニング → 全文415件を評価 → 最終的に123件を定性的解析に組み入れています。

不正咬合平均有病率ばらつき
Angle Class I51.9%SD 20.7
Angle Class II23.8%SD 14.6
Angle Class III6.5%SD 6.5
前歯部交叉咬合7.8%SD 6.5
臼歯部交叉咬合9.0%SD 7.34
機能的偏位を伴う交叉咬合12.2%SD 7.8
先天性欠如(hypodontia)6.8%SD 4.2
過剰歯(hyperdontia)1.8%SD 1.3
埋伏歯4.9%SD 3.7
異所萌出5.4%SD 3.8
転位0.5%SD 0.5
開咬・オーバーバイト・オーバージェット・逆被蓋平均値は算出されていない(理由:定義・測定法・方法論・カットオフ値のばらつきが大きいため)
ここが本記事の核心

2018年レビューの二大アウトカムは「前歯部開咬」と「臼歯部交叉咬合」でした。

そして2022年レビューは、交叉咬合については平均有病率を出せた(臼歯部9.0%、SD 7.34)が、開咬については出せなかった——定義が揃っていないから、と報告しています。

つまり「おしゃぶりは開咬と関連する」という命題の"開咬"が、研究間で同じものを指していない可能性がある。効果量が統合されていない(2018年)だけでなく、アウトカムの定義自体が統合できない(2022年)。この二重の不確実性が、現在の到達点です。

数字で見る:小児・思春期の不正咬合有病率(2022年レビュー)
出典:De Ridder 2022(Int J Environ Res Public Health)PMID:35742703。抄録より。示した値は平均有病率とSD(標準偏差)であり、95%信頼区間ではありません。SDが大きいことは研究間のばらつきの大きさを意味します。著者自身が「方法論の多様性により有病率データは信頼できない(unreliable)」と結論している点にご注意ください。開咬は定義のばらつきにより平均値が算出されていないため、この図に含めることができません。
51.9%
Angle Class I(SD 20.7)
9.0%
臼歯部交叉咬合(SD 7.34)
開咬:算出不能(定義が不統一)
Angle Class I
51.9%
Angle Class II
23.8%
機能的偏位を伴う交叉咬合
12.2%
臼歯部交叉咬合
9.0%
前歯部交叉咬合
7.8%
Angle Class III
6.5%

4|なぜ「変わった」ように見えるのか

結論が覆ったわけではありません。2018年の「moderate evidenceで関連あり」は、いまも生きています。変わったのは次の3点です。

「昔は間違いだった」ではありません。2018年の著者らは最初から「high level of evidence は存在しない」と書いていた。誤っていたのは論文ではなく、その慎重な但し書きを落として「おしゃぶり=開咬の原因」と流通させてきた引用のされ方のほうです。

Qでは保護者には「おしゃぶりは歯並びに影響しない」と言ってよいのですか?
A
現役歯科医師が回答逆です。それも言えません。「エビデンスが弱い」は「関連がない」ではありません。2018年レビューは、質の低い研究群の中でも一貫して開咬・交叉咬合との関連が観察されたことを認めており、moderate evidence と評価しています。関連を否定する根拠はどこにもありません。

臨床的に誠実な言い方は「関連は繰り返し観察されているが、どれくらいリスクが上がるかを示す統合された数値は存在しない」です。数字がないことを、数字がゼロであるかのように語らない。不確実性は、どちらの方向にも使ってはいけません。

なお、おしゃぶりにはSIDSリスクとの関連という別軸の論点があります。咬合だけで是非を決める話ではありません。この点は一般向け記事で扱っています。
5|臨床でどう使うか

「関連」と「原因」を口頭で使い分ける。保護者説明で「おしゃぶりのせいで開咬になる」と断定しない。横断研究9件が主体の証拠体系です。
数値を引用しない。この2本から「リスク◯倍」は出せません。出典なしの倍率が独り歩きしているのが現状です。
形状の話はできる、ただし個別研究の値として。機能的タイプで開咬の頻度が低かった報告(Zimmer 2011:5% vs 38%/2016:6.7% vs 50%)は本文中の個別値。統合値ではないと添えて紹介する。
使用期間の目安は「関連の観察」として扱う。36か月超・2年超でAOBとの関連が記述される一方、1歳で中止しても生じうるとも記載されています。中止=回避、ではありません。
自院の記録で「開咬」の定義を固定する。2022年レビューが指摘した定義の不統一は、他人事ではありません。カットオフを決めずに経過を追えば、自院のデータも統合不能になります。
交叉咬合は背景有病率を意識する。臼歯部9.0%(SD 7.34)は「おしゃぶり児だから多い」と即断する前に置くべき数字です。

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保護者に案内するときに おしゃぶり関連の市販品
おしゃぶり(形状違い各種)
レビュー本文の比較は特定2製品の個別研究値。国内流通品の効果を示すものではありません
おしゃぶり卒業サポート用品
卒業時期の設定は個別判断で。中止時期と咬合の関係は確立していません
仕上げ磨き用歯ブラシ
咬合の経過観察とは別に、う蝕管理は並行して
※価格・在庫は各サイトでご確認ください。上記は商品タイプ別の検索リンクです(広告)。本記事で扱った2本のレビューは、これらの市販品の効果を検証したものではありません。特定製品の咬合への影響を示すものではありません。

6|この2本からは「言えないこと」

踏み込まない線

RR・OR・95%CIは言えない。2018年レビューはメタアナリシスを行っていません。統合効果量は存在しません。本記事がRR値を書かない理由はこれです。
因果は言えない。17件中16件が非ランダム化研究、うち横断研究9件。ROBINS-Iで12件がserious。「関連が観察された」まで
おしゃぶりの中止時期の「安全域」は言えない。36か月超・2年超での関連が記述される一方、1歳での中止でもAOBが生じうると記載されています。閾値は確立していません。
2022年レビューから、おしゃぶりについては何も言えないこの論文はおしゃぶりを曝露として検証していません。有病率のレビューです。両者を直接比較して「更新された」と述べることはできません。
開咬の有病率は言えない。2022年レビューが定義・測定法・カットオフのばらつきを理由に平均値の算出を見送っています
2022年の有病率を確定値として扱えない。示されているのは平均とSDであり95%CIではありません。かつ著者自身が「データはunreliable」と結論しています。
製品名レベルの推奨は言えない。Zimmerらの比較は特定2製品の個別研究値であり、統合値でも一般化可能な製品比較でもありません。
本記事はLimaら(2016)の数値を採用しませんでした。レビュー本文中に「orthodontic 44.3/conventional 55.7」という値が確認できましたが、両者が正確に100.0になるため、これが各群のAOB有病率なのか、AOB児における使用製品の内訳なのか、抄録・表の記載からは分母を確定できませんでした。分母が不確かな数値は、比率として引用しません。

それでも、この2本が臨床に与えるもの

エビデンスが弱いことは、臨床判断を放棄する理由にはなりません。2018年レビューが示したのは「質は低いが、方向は一貫している」という状況です。質の低い研究群が偶然そろって同じ方向を向く確率は高くありません——それが著者らが "moderate evidence" と評価した根拠です。

そして2022年レビューが突きつけたのは、この領域が前に進めない理由は研究数ではなく定義にあるという診断です。6775件を検索して123件を組み入れてなお開咬の有病率が出せない。研究をもう1本増やしても解決しない臨床家が診療記録の中でアウトカムを定義し直すことが、次の一歩になります。

まとめ

※本記事は公開されている学術論文をもとにした一般的な情報提供であり、特定の治療・製品の効果を保証するものではありません。気になる症状がある場合は歯科医院にご相談ください。

参考文献

  1. 1. Schmid KM, Kugler R, Nalabothu P, Bosch C, Verna C. The effect of pacifier sucking on orofacial structures: a systematic literature review. Prog Orthod. 2018;19(1):8. doi:10.1186/s40510-018-0206-4. PMID: 29532184. PubMed
  2. 2. De Ridder L, Aleksieva A, Willems G, Declerck D, Cadenas de Llano-Pérula M. Prevalence of Orthodontic Malocclusions in Healthy Children and Adolescents: A Systematic Review. Int J Environ Res Public Health. 2022;19(12). doi:10.3390/ijerph19127446. PMID: 35742703. PubMed

出典はPubMed収載の書誌情報にもとづき、バンクーバー方式(ICMJE)で記載しています。